もし私の主人でしたなら、なぜ鼠のような叫び声なぞを立てて、逃げて行ったのでしょう? 私はあの方にずいぶん永らく御奉公しております。それに……」とその男はここで言葉を切って、片手で顔をこすった。
「これは何もかも非常に妙なことばかりだ、」とアッタスン氏が言った。「しかしどうやら僕にはわかりかけたような気がする。おまえの御主人はな、プール、きっと、病人を非常に苦しめて、顔かたちも変えるというあの病気の一種に罹られたのだ。そのために、多分、声が変っているのだろうと思う。そのために覆面をしたり友人を避けたりしているのだろう。そのためにその薬をしきりに探して、その薬で、可哀そうに、あの男はどうにか回復しようという望みを持っているのだろう、――どうかその望みがかなえばいいが! これが僕の解釈だ。ずいぶん痛ましいことだがなあ、――プール、考えてもぞっとするようなことだ。しかしこう考えればはっきりわかって自然だし、ちゃんと辻褄が合って、いろんな途方もない恐れを抱くこともいらなくなるよ。」
「旦那さま、」と召使頭は顔色を斑な紫色に変えながら言った、「あの者は私の主人ではございませんでした。ほんとでございます。私の主人は――」とここで彼はあたりを見回して、それから声をひそめて言い出した――「背の高い立派な体格の方《かた》ですが、その男はずいぶん小男でございました。」アッタスンは抗議しようとした。「まあ、旦那さま、」とプールが大声で言った。「あなたは私が二十年も奉公していて自分の主人がわからないとお思いになるのですか? 御主人の頭が書斎のドアのところでどの辺まで来るか、これまでずっと毎朝毎朝そこで見ていながら、それがわからないとお思いになるのですか? いいえ、旦那さま、覆面をしていたあの者は決してジーキル博士ではございませんでした、――何者だったかということは神さまだけがご存じです、決してジーキル博士ではございませんでしたよ。で、人殺しがあったのだということは私は心から信じているのです。」
「プール、」と弁護士が答えた。「おまえがそう言うなら、確かめるのが僕の義務になってくる。僕はおまえの御主人の気を悪くしたくないのは山々だし、この手紙を見ると御主人はまだ確かに生きておられるようで大変迷うのだが、私はあのドアを押し開けて入るのを自分の義務と考えよう。」
「ああ、アッタスンさま、それはご
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