その薬が、何のためですか、旦那さま、とてもひどく入用なようでございます。」
「その紙というのをおまえはどれか持っているかね?」とアッタスン氏が尋ねた。
 プールはポケットの中を探って一枚の皺くちゃになった手紙を手渡した。それを弁護士は蝋燭の近くに身をこごめて注意深くしらべた。その内容はこうなっていた。「ジーキル博士はモー商会に申し入れます。モー商会の今度の見本は不純品でJ博士の目下の目的には全く役には立ちません。一八――年にJ博士はM商会からかなり多量を購入したことがあります。どうか最も念入りに注意して探しだし、同じ品質の物が多少でも残っていましたなら、それをすぐにJ博士の所に送って下さい。費用は問題でありません。J博士にとってこの薬品はこの上もなく重要なものなのです。」ここまでは手紙はすこぶる落着いて書いてあったが、ここでペンが急に走り書きになって、筆者の感情が抑え切れなくなっていた。「後生だから、私にあの前の品を少し見つけてくれ、」と付け加えてあった。
「これは妙な手紙だ、」とアッタスン氏が言った。それから、きつく「どうしておまえはこれを開けたのだね?」と言った。
「モー商会の男が大変に腹を立てましてね、旦那さま、それをまるで紙屑のように私に投げ返したのでございます、」とプールが答えた。
「これはたしかに博士の筆跡ではないか?」と弁護士が言葉を続けた。
「私もそうらしいと思いました、」と召使はすこしむっつりして言った。それから声の調子を変えて「けれども筆跡なぞ何でしょう?」と言った。「私はあの人を見たんですもの!」
「あの人を見たと?」アッタスン氏はきき返した。「それで?」
「それなんですよ!」とプールが言った。「それはこういう訳なのでございます。私は庭から階段講堂へいきなり入ったことがありました。すると、あの人がその薬かそれとも何かを探しにこっそり出て来ていたらしいのです、といいますのは、書斎のドアが開いていまして、あの人がその室のずっと向うの端で編みかごの間をしきりに探していたからで。私が入って参りますと顔を上げ、何か叫び声のような声を立てて、二階の書斎へ駆け込んでしまいました。私があの人を見たのはほんの一分間くらいのものでしたが、私はぞっとして髪の毛が頭に突っ立ちました。ねえ、旦那さま、もしあれが私の主人でしたなら、なぜ顔に覆面なんぞをしていたのでしょう?
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