うとでもするように走り出てきた。
「なんだ、どうしたのだ? みんなこんなところにいるのか?」と弁護士は気むずかしく言った。「大そう不しだらで、大そう不体裁だ。御主人が見られたら機嫌を悪くなさるぞ。」
「みんな怖がっているのでして、」とプールが言った。
 黙ってひっそりしてしまい、誰一人としていいわけする者もなかった。ただ例の女中だけが声を高くして、今では大きな声を出して泣き出した。
「静かにするんだ!」とプールが彼女に言ったが、その口調の烈しさは彼自身の神経も乱れていることを示していた。そして実際、その娘が急に泣き声を張りあげた時には、皆ぎょっとして、恐ろしいものでも待っているような顔つきで奥のドアの方を振り向いたのだった。「さあ、」と召使頭は言葉を続けて、ナイフ研ぎボーイに言った。「蝋燭を一本渡してくれ。わたしたちはすぐに片づけてしまおう。」それから彼はアッタスン氏について来るように頼み、裏庭の方へ案内した。
「さて、旦那さま、」と彼が言った。「なるべくお静かにお出で下さいまし。あなたさまに先方の言うことを聞いて頂きたいのでして、先方には、あなたさまのおられることを聞かれたくはないのですから。で、よろしいですか、旦那さま、もしひょっとしてあなたさまに入れと申しましてもお入りになってはいけませんよ。」
 アッタスン氏は、こういう思いがけないことになったので、びくっとして、倒れんばかりになった。けれども、勇気をふるい起こして、その召使頭について実験室の建物の中へ入り、編みかごだの罎だののがらくたの転がっている外科の階段講堂を通りぬけて、あの階段の下まで来た。ここへ来るとプールはアッタスン氏に、一方の側に立って耳を澄ましているようにと合図をし、そして自分は蝋燭を下に置き、はっきりとわかるような非常な決心をして、階段を上り、書斎のドアの赤い粗羅紗を少しぶるぶるした手でとんとんたたいた。
「旦那さま、アッタスンさまがお目にかかりたいとおっしゃってお出ででございますが、」と彼は声をかけ、そう言いながらも、弁護士によく聴いているようにともう一度はげしく合図した。
 ドアの内から声が答えた。「誰にもお目にかかれないと言ってくれ、」とその声は不平そうに言った。
「はい、畏りました、」とプールは何だか得意そうな調子で言った。そして蝋燭を取り上げると、アッタスン氏を導いて引返し、裏庭を
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