ポリの公爵《こうしゃく》ディ・ブロリオの邸宅における仮面舞踏会に出席した。私はその日いつもよりももっとひどく酒を過していた。そしていま、こみ合った室内の息づまるような空気は、私を我慢のできないほどいらいらさせた。それに、ごった返している人込みのあいだを押し分けてゆく厄介《やっかい》さも、気持をいらだたせるのにかなり油を注いだ。というのは、私は、かの年をとって耄碌《もうろく》しているディ・ブロリオの、若い、浮気な、美しい細君をしきりに捜して(どんな卑《いや》しい動機でということは言わないことにするが)いたのだから。彼女は、ひどく不真面目な大胆さで、自分の着ける仮装衣装の秘密を前もって私に知らせてくれていたのだ。そしていまこそ、彼女の姿をちらりと認めたので、私は彼女のところへ行こうとして急いですすんだ。――と、その刹那《せつな》、自分の肩に軽く手が触れるのが感ぜられ、あのいつも忘れたことのない、低い、いまいましいささやき[#「ささやき」に傍点]が耳のなかに聞えたのだった。
 まったく怒り狂って、私はすぐに自分をそうして邪魔した男の方へ振り向き、荒々しくそいつの襟首《えりくび》をひっつかんだ
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