栄《はえ》ある、金色の旗、
 そが甍《いらか》の上に躍りひるがえれり。
(こは――すべてこは――遠き
 昔のことなりき)
戯《たわむ》れそよぐ軟風《なよかぜ》に
 いともよきその日、
羽毛かざれる蒼白き塁《とりで》にそいて
 翼ある香《かおり》、通り去りぬ。

      三

この幸《さち》ある渓谷《たに》をさまよいし人々は、
 輝く二つの窓より見たり、
調べととのえる琵琶《びわ》の音《ね》につれ
 王座をめぐりて、精霊らの舞えるを。
その王座には
 (紫の御子《ポーフィロジーニ》!)
その光栄《ほまれ》にふさわしき威厳もて
 この領土《くに》の主《あるじ》坐《ざ》せり。

      四

またすべて真珠と紅玉とをもて
 美わしき宮殿の扉《とびら》は燦《きらめ》けり。
その扉より流れ、流れ、流れて
 永遠《とわ》に閃《ひらめ》きつつ「こだま」の一群《ひとむれ》来たりぬ
そがたのしき務《つとめ》はただ
 いとも妙《たえ》なる声をもて
歌いたたえるのみなりき、
 そが王の才と智《ち》を。

      五

されど魔もの、悲愁《かなしみ》の衣《ころも》きて
 この王の高き領土《くに》を襲いぬ、
(悲しきかな、彼が上に暁は
 ふたたび明くることあらじ、ああ!)
かくて、かつては彼の住居《すまい》をめぐりて
 輝き栄えし栄光も、
埋もれはてし遠き世の
 おぼろなる昔語りとなりにけり。

      六

かくて今この渓谷を旅ゆく人々は
 赤く輝く窓より見るなり、
調べみだれたる楽の音につれ
 大いなる物影《ものかげ》の狂い動けるを。
また蒼白き扉くぐりて
 魔の河の速き流れのごとく
恐ろしき一群|永遠《とわ》に走り出《い》で、
 高笑いす、――されどもはや微笑《ほほえ》まず。
[#ここで字下げ終わり]

 この譚詩《バラッド》から生じたさまざまの暗示が私を一連の考えに導き、そのなかでアッシャーの一つの意見を明らかにすることができたことを、私はよく覚えている。その意見をここに述べるのは、それが新奇なため(他の人々はそう考えている)よりも、彼が執拗《しつよう》にそれを固持したためである。その意見というのは大体において、すべての植物が知覚力を有するということであった。しかし彼の混乱した空想のなかでこの考えはさらに大胆な性質のものとなり、ある条件のもとでは無機物界にまで及んでいた。私は彼の信念の全部、あるいはその熱心な心酔を説明する言葉を持たない。が、その信念は(前にもちょっと述べたように)、彼の先祖代々の家の灰色の石と関連しているのだった。彼の想像によると、知覚力の諸条件はこの場合では、これらの石の配置の方法のなかに――石を蔽《おお》うている多くの菌や、あたりに立っている枯木などの配置とともに、石そのものの配列のなかに――とりわけ、この配列が長いあいだ乱されずにそのままつづいてきたということと、それが沼の静かな水面に影を落しているということとのなかに、備わっているのである。その証拠は――知覚力のあることの証拠は――彼の言うところでは(そしてそれを聞いたとき私はぎょっとしたが)、水や壁のあたりにそれらのもの独得の雰囲気《ふんいき》がだんだんに、しかし確実に凝縮していることのなかに認められる、というのであった。その結果は、幾世紀ものあいだに、彼の一家の運命を形成し、また[#「また」に傍点]彼をいま私が見るような彼――つまり現在の彼のようにしてしまったあの無言ではあるが、しつこい恐ろしい影響となってあらわれているのだ、と彼はつけ加えた。このような意見はべつに注釈を必要としない。だから私はそれについてはなにも書かないことにする。
 私たちの読んだ書物――長年のあいだ、この病人の精神生活の大部分をなしていた書物――は、想像もされようが、この幻想の性質とぴったり合ったものであった。二人は一緒にグレッセの『ヴェルヴェルとシャルトルーズ』、マキアヴェエリの『ベルフェゴール』、スウェデンボルグの『天国と地獄』、ホルベルヒの『ニコラス・クリムの地下の旅』、ロバート・フラッドや、ジャン・ダンダジネエや、ド・ラ・シャンブルの『手相学』、ティークの『青き彼方《かなた》への旅』、カンパネエラの『太陽の都』というような著作を読みふけった。愛読の一巻はドミニック派の僧エイメリック・ド・ジロンヌの“Directorium Inquisitorum”の小さな八折判《オクテーヴォ》であった。またポンポニウス・メラのなかのサターやイージパンについての三、四節は、アッシャーがよく何時間も夢み心地で耽読《たんどく》していたものであった。しかし彼のいちばんの喜びは、四折判《クオートー》ゴシック字体の非常な珍本――ある忘れられた教会の祈祷書《きとうしょ》――“Vigilioe Mor
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