はなんというすばらしいことだろう、そして、神さまの御力《みちから》のこんな驚くべき示顕《じげん》のことを思うと、自分一個の生命《いのち》などという取るにも足らぬことを考えるのはなんというばかげたことだろう、と考えはじめました。この考えが心に浮んだとき、たしか恥ずかしさで顔を赧《あか》らめたと思います。しばらくたつと、渦巻そのものについての鋭い好奇心が強く心のなかに起ってきました。私は、自分の生命を犠牲にしようとも、その底を探ってみたいという願い[#「願い」に傍点]をはっきりと感じました。ただ私のいちばん大きな悲しみは、陸《おか》にいる古くからの仲間たちに、これから自分の見る神秘を話してやることができまい、ということでした。こういう考えは、こんな危急な境遇にある人間の心に起るものとしては、たしかに奇妙な考えです。――そしてその後よく考えることですが、船が淵のまわりをぐるぐるまわるので、私は少々頭が変になっていたのではなかろうかと思いますよ。
 心の落着きを取りもどすようになった事情はもう一つありました。それは風のやんだことです。風は私どものいるところまで吹いて来ることができないのです、―
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