いました。船はいま、渦巻のまわりにはいつもあるあの寄波《よせなみ》の帯のなかにいるのです。そして無論次の瞬間には深淵《しんえん》のなかへつきこまれるのだ、と私は考えました、――その深淵の下の方は、驚くべき速さで船が走っているのでぼんやりとしか見えませんでしたが。しかし船は少しも水のなかへ沈みそうではなく、気泡《きほう》のように波の上を掠《かす》り飛ぶように思われるのです。その右舷は渦巻に近く、左舷にはいま通ってきた大海原《おおうなばら》がもり上がっていました。それは私たちと水平線とのあいだに、巨大な、のたうちまわる壁のようにそびえ立っているのです。
 奇妙なように思われるでしょうが、こうしていよいよ渦巻の顎《あご》に呑《の》まれかかりますと、渦巻にただ近づいているときよりもかえって気が落ちつくのを感じました。もう助かる望みがないと心を決めてしまったので、初め私の元気をすっかり失《な》くした、あの恐怖の念が大部分なくなったのです。絶望が神経を張り締めてくれたのでしょうかね。
 空威張《からいば》りするように見えるかもしれません――が、まったくほんとうの話なんです、――私は、こうして死ぬの
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