「すぐ頭の上の枝のところで、ぱっと光り物がしたと思うと、二人とも一緒に、同じ人の顔を見たのです。」
 言ってしまってがっかりした顔をする。
「それで今夜はここに泊めて下さい。」
 と哀願するように言う。
「それは泊めるとも!…泊めるからね、まあ心持ちを落ち付けたまえ。」と慰めると、彼は心の疲れた顔をして、
「小石川からここまでくるうちに、今にも殺されるかと幾度思ったか。」
 と独り言を言う。……上唇がふるえていて、しばらくはからだの筋肉が、悉く固くなってしまったように、節々に力こぶを入れていたが、それがここにたどり着いた安心と、燈火《あかり》で明るい室に入ったのとで、次第にゆるんでくると、疲れた眠そうな顔になる。
 私もそれよりほかに何にも、追窮しなかった。

     四

 それからは、荻原の素振りが少し変って、妙にうたぐり深く、私の心をさぐろうとする。私が何か彼の秘密の鍵をにぎっていはしないかと言うような心持ちがするらしい。
 ところが、江戸川の桜が満開になった頃だった。私ははからずも、荻原が恐れていた、彼のその秘密の鍵を握ってしまった。
 小石川の荻原の下宿で夜を更かして、帰
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