恐ろしそうに身慄いをする。
「うむ。」私はその気合いにのまれて声をひそめると、
「幻覚ってものは君、二人一緒でも見られるものかね。」
「分らないな。君が見たって言うのかい。」
 荻原は、私の言葉を聞いているかいないか、うなされるように、口の中でくどくどと、
「人の怨み、そんなことはないだろうが、やっぱり何かな……」とつぶやいていたが、にわかに声を明瞭《はっきり》させて、
「幻覚です。私は今夜幻覚を見たのです。」
 と言って、淋しそうな、神経的な、笑い方をするから、
「どこで?」
 と聞くと、
「どこって、何んでもないんですがね。」といやに知らん顔をする。
 その素振りがいかにも白々しいので、私はむっとした。すると、荻原は急に「実はこうなんですがね。」と、苦しそうな顔をしながら、弱々しく話し出す。
「今夜少し話があって、知り合いの女の人と、小石川のP神社のところに行ったのです。あすこは君、古い木が繁って真暗でしょう。」彼はふっと語を切ると、ほっと吐息をついて、
「社殿《やしろ》のわきのところまでくると、そこの木の根に腰を掛けていました。」
「そこで見たのかい?」
「ええ。」とうなずいて、
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