許りは経ってしまった。……ちょうど二月の中頃にもなっていた。或る晩のこと、もう夜の十一時すぎだ。私は新着のエコノミストをひっくりかえしていると、その時に玄関があわただしく開いた。よほど急いで来たらしい人の気配だ。はてなと思って、聞き耳を立てると、その儘案内もなく、すっと障子を開けて上って来る。変だと思うので、立って行って、唐紙を開くと、であい頭《がしら》に、荻原がぬっと立っている。
「君か。」私は驚かされたので、中腹で鋭く言うと、荻原は肩で息をしていて、ろくに口も聞けないようすだ。
「まあ、入りたまえ。」
 と明るいところにつれてくると、顔色がひどく青ざめて、目が神経的に鋭くなっている。息づかいがせわしい。
「どうした?」私は二度目に驚いてこう言った。
 荻原は黙っていたが、しだいにうなだれてしまう。と思うと、急にうしろを向いて、そこの唐紙が少し開いているのを、あわてて閉めに立った。……素振りがただならぬので、私は、
「どうしたのだ?……そんな真似をして。」
 と、しかるように言うと、荻原はほっと吐息をして、
「今、妙なことに出っくわしてね。」
 と言うかと思うと、にわかに眼を据えて、
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