があってその室に行って見ると、もう日が落ちてしまったのに、室の中はまっくらだから、いないのかと思って開けた唐紙を閉めようとすると、机のわきに黒いものが、うごめくと、突然、
「私はここに、いたんですよ。」
と声をかけた。
「じゃ燈火《あかり》でもつけ給へ、どうかしたのかい。」
と言いながら入って行くと、暗の中に目がきらっと輝いたようで、荻原は太い急《せ》わしい呼吸をしている。
ランプがパッと着くと、荻原は今まで、柱に倚りかかっていたらしく、その顔には名状しがたいような、哀愁を含ませている。見ると涙ぐんでいるではないか。
「どうかしたのかい?」
「ああ、国のことを思ってるうちに、すっかり夜になってしまった。」と獨語《ひとりごと》のように言う。
と思うと、左の手に何か持って、それを隠そうとする。
「何だい! それは。」私はいち早く見つけて、つき込むと、仕方なさそうに、出して見せる。尺八だ。
「君はそれを吹くのかい。」
「吹くと言うほどじゃないけれど、国にいる時分に少し習ったから……」
「じゃ、それを吹いて故郷を思っていたと言うわけだね。」少し茶かしてかかると、荻原はからだの奥から沁み
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