出すような声をして、
「いや、私はたまらなくなるから吹くのです。しかし吹くとなおたまらなくなってしまう。故郷《くに》の景色が目に見えるようで……」と言って、堅く口をつぐんでしまった。
「そんなことをこの薄暗い室の中で思っているとなおひどくなるから、外に出て見よう。そして気でもまぎらし給え。」
 と言うと、荻原はむっつりして、やはり沈んでいたが、私が促すのでいきおいのなさそうに立ち上ってそれから神楽坂《かぐらざか》の通りの方に出た。
 曇って、雲が低く、空は真暗だ。町の中をときどき、砂を巻き上げて、風が吹いて通る。しかし、その位なことで賑やかな神楽坂の通りは、燈火《あかり》一つ少くなりはしない。夕方帰りの人や、買物の人や、まだひどく寒くはないから気楽な散歩の人もちらほら見受けられる。
 両側の店の燈火はまだまだ、淋しいなどという心持ちは少しもない。
 近所の寄席では、楽隊が上調子な譜《ふ》をやっている。……私達はそこの角までくると、なんと思ったか、荻原は往来の角に突っ立って、黙って町の賑やかさを眺めている。私は横から、
「おい!」
 と声を掛けたが、荻原は返事もしないで、やはり突っ立って
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