くしい色彩のある感情にあこがれている。……こういう風の一種の神秘主義だ。烈しい、透明な信仰[#「信仰」は底本では「信抑」]にはなっていないが、しかし、どこか心に根の張った感情で、いつも議論さえすれば、そこに落ちてしまう。それが、聞いていると、何となく薄暗い冷めたい空の下から、うつらうつらと南国の深碧の空にあこがれて、その花の色、緑葉《みどりは》の香に、心が引き寄せられているようでありながら、しかも、目には肌の氷のような、声の細い胸を射透《いとお》すような、女怪の住んでいる、灰色の空、赭いろのくすんだ色をして、すっかり落葉してしまう森、すべて鈍色《どんしょく》をして、上からおしつけようとしているものばかりが見える北国に生まれて、その冷めたい空気を吸って育った人だ。荻原はどこまで行っても空想の人だ。
 気の毒なことに、とは思うが、或いはその嗜好から、特に選んだのか、荻原のいる室は西向きで、昼間でも薄っ暗い。その室には小さな書棚が、右の方の壁のところに置いてあって、それにくっ附けて、赤や紫で、しつっこい、ごちゃごちゃした模様の唐更紗《とうさらさ》の机掛けがかかった、中ぐらいな大きさの机が置い
前へ 次へ
全25ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング