方を見ると、高い山が重なり重なり、自分の立っている、右手の方に続いている。自分の今立っているところはその山でかこまれた雪の平だ。
自分が全身に日光を浴びてまぶしい雪の反射の中に立っていると、S君が出て来た。顔がはれぼったくなっている。
「昨日、来たのは、彼方《むこう》だね。」と自分は今見ていた方を指して聞いた。
「そうそう。あすこにあるちょっと光った低い山の向うに当たる。」
「東かい?」
「いいえ、……(S君は以っての外と言ったように首を振った)西。東はうしろですよ。」
と、くるっと振り返った。
「ヘェ、どうもそうは思われない。」と、自分も振り返った。すると、
「あれがよく話した六角牛《ろっこし》ですよ。」と縁から正面に見えた、まるい大きい山を指して、
「あの上がちょうど真東に当たる。」
「あれが六角牛か、なるほど、じゃ早池峰《はやちね》は?」
「早池峰は来た方ですよ。とてもここから見えない。」
この二つの山は、兼てS君が郷里の話をするたびに幾度か聞いて、耳に馴れた名である。
午すこし過ぎた頃になると、空は見る間に灰色の雲が閉《とざ》してしまった。やがて雪が降りはじめた。日の暮
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