、障子も、壁もくすぶっていた。
 古びてよごれた台の上に二三種の食物がならべられた。その周囲を取りまいて私達は坐った。
 I君は私を見てこう言った。
「私も東京に行きたいんですが、どうも一度田舎に引き込むと駄目ですな。」
「そうでしょうか、たまには差し繰って出ていらっしゃい。お互いに旅行をすると心持ちが広くなるし、かえって仕事が面白くなりますよ。気が新しくなるんですね。」
「そうですな。」
「…………」私は更にM君に向っても、一度は東京に来て見ないかと言った。そして、ふと心づくとM君の心が、このなんでもない私の言葉で強く刺激されているのを感じた。それよりも私がこの人達とこうして、顔を見合わしているのですら、この人々に東京の刺激を与えるのを見た。
 この人々にとって東京は、華《はな》やかな太陽だ。

 酒はにがかったが、私達はすっかり酔った。その家を出た時には、もうすっかり夜が更けていた。この山間の町は、黒く眠っている。その中を凍ったような風が吹いていた。

     四

 三月三十一日。
 わずかにとろっとしたと思うと起こされた。もう夜が明けている。頭を上げたが睡眠が不足なので瞼がは
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