れたように重い。顔がさぞ黄ばんでいることだろう。
 起き上ろうとすると、S君が待ちかねたように、
「君、馬車が駄目だそうだ。」と言う。
「駄目とは?」私は起き返ったまま、なんとも見当がつかぬので、下からS君の顔を見上げた。昨夜の酒の酔いが頭の奥にまだ残っているようで、身体がふらふらする。
「今ね、宿のものが来て、今日は又どうしたのか、客が非常に多いので、普通の二台には乗りきれないそうだ。」
「で、どうするの?」私はからだが倦《ものう》くってたまらぬので、どうでもなれとおもって言った。
「僕は歩くから、君は明日の朝まで泊っておいでなさい。」
「なぜ? そしてH町で待ってるって言うのかい。」
「ええ。」
「なぜ? それはいやじゃないか、君も泊りたまえ。」
「僕はここから一刻も早く落ちたい。一刻も早く家から離れたところに行きたい。」と言って悲しい目をして私をじっと見た。私はS君の心持ちを察することが出来た。S君は東京にS君だけとしての希望を持っている。そして昨日までいた家には、家としての仕事も、一人で寂しく残っている、母もある。S君は東京にあるその希望を追うために、自分の家や、母の有様を見る
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