と、脊に負い切れぬような苦痛を感ずる。……今、S君はこの苦痛に追われているのだ。
「じゃ、一つ、もいちど聞こう。」と言って手を拍った。宿の者に聞くと非常に人が多いので、今日は昨夜から申込まれた人だけしか乗せぬと言う。私はそれに、もいちど二人だけ乗せてくれるように尽力してくれと言って頼んだ。すると、S君が突然、
「君一人乗りたまえ。私は歩きます。」
「なぜ?」
「その方が都合がいい。私は馬車が嫌いだから、歩いた方がいいのです。車が行けば乗るけれども、非常に高いそうだから。」と言う。
それで、私一人乗ることに尽力してもらった。しばらくすると、
「それではお一人だけです。昨晩、私共にお泊りでした、判事さんのお連れっていう事にして、やっと承知させました。」と、番頭はしきりに手柄顔に言う。
で、いよいよここを発つこととなった。
九時頃に馬車が来た、というので二階を降りた。宿屋の門に出ていると、東の方からI君がこようとするところだった。M君もちょうど来た。そのほかにも二人ばかりの人が来た。私はこの人達に、心残りがするようで、なにか互いに言うべきことがたくさんあるように思った。が、なんにも言
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