わずに、ただ笑っていた。
「東京からは手紙を如何《どう》ぞ。」と、向い合って立ちながら、I君が言った。
「え。」私はただ笑っていたくらいで、言葉がでなかった。
 S君は草鞋ばき、脚絆《きゃはん》で、着物の尻を引きからげてM君に並んで立っている。そこへ馬車が来た。私はこの人達に会釈して、天井に頭がつかえそうな馬車のなかに乗り込んだ。そして窓に下ろしてある垂幕を上げて、外に立っている人の前に顔を出した。そこへ家の中から、色の黒い、頬骨の高い、髭の生えた三十七八の人が出て来た。それにつづいて、頭の禿げた村の役人らしいのが、渋紙に包んだ軸物を持って出て来た。髭の人は、馬車に乗ると、その男にちょっと会釈してそれを受取った。そして私と向い合って坐った。
 そとから入口の戸を閉めた。もう出るに間がないので、I君たちは一歩立ち寄って、また話しをはじめた。ところに、
「出んじょ!」と、馭者台から声をかける。下から宿屋の番頭が「よしきた!」と答えた。私は窓から首を出したまま、そこに立っている人の顔をいちいち見て、
「さようなら! 諸君お丈夫で。」と言うと、
「さようなら!」と三四人の声で言う。
 と、から
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