いったのは黄昏ごろだった。
T村から、この町までは三里ある。その三里のあいだ、雪解けの泥濘道《ぬかりみち》を歩いたので、私はからだが疲れた。道の雪は思ったより消えていた。
S君の顔の曇りは、この数時間の間にも晴々とならなかった。
町の入口のところで、S君はちょっとと言って、私を待たせて、あるうちの門に立った。私は道端に立って、S君を待ちながら、町を眺めていた。私の立っているところは、この町から、T村の方に行く道と、有名な某峠を越してK港へ行く道との分かれるところだ。
町の両側には三尺ばかりの幅の水が流れている。町は薄黒く、寒そうだ。その中を子供たちが群れて遊んでいる。私は親しみのない顔をしながら、その子供たちを見ていた。
ふと、振り返ってS君の方を見ようとすると、目の前の軒のところに白い兎を逆さに下げて、一人の男が皮を剥いでいるのが目にはいった。
目のギョロッとした、頬も腮《あご》もまるい、毛深く口の周囲にいっぱい髭の生えている男が、小刀を持って、兎の皮を剥いでいる。黒く燻ぶった軒に白い耳の短かい兎は、片足をくくって下げられていた。見る間にくるくると皮がむけた。男は手もなく
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