、目で立とうと言った。S君は寂しそうに曇った顔をしながら、
「じゃ行こう。」と言って立ちかけた。
「もう、お立ちになるか。」と、阿母さんはそわそわして立った。
 道に出て私達は再び別れの言葉を交わした。
 ところどころに黒い土が見えていても、そこらはまた[#「また」はママ]雪が一帯に置いている。その中を足早に歩いた。今夜はT町に泊って、次の朝早く馬車に乗るつもりである。
 一町ばかり行って、私はふと振り返った。S君の阿母さんが、家の垣のはずれに立って、私達を見送っている。
「オイ、阿母さんが立って見送ってるよ。」と、私が言うと、S君は振り返りもせずに、
「そんなこと、見ないでくれたまえ。」と、強く首を振った。私はS君の気がやるせないように、苛立っているのに驚いた。チラと顔を見ると、曇った顔が、涙ぐんでいた。二人とも黙って道を急いだ。
 S君は銘仙の着物と羽織を着て、中折をかぶっている。着物の裾を端折《はしお》って、下駄穿きでいる。私は洋服を着て、大きいウルスターを着ている。この二人づれの様子が非常に妙に見えたらしく、道で会った人がみな不思議そうに見返った。

     三

 T町には
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