来た当座《とうざ》は、闇の中でぱっとものが光ったように、S君の心持ちも一時生々した。しかし、それもしるしばかりで、次では私の心まで、この陰鬱な空気が沁み込んでしまった。
 この頃は二人とも、よく欠伸《あくび》をした。大きな薄暗い室の中で、炬燵にあたりながら、張りのない目付きをして、日を送った。私にはS君が気にかけて説明してくれる、このへんの村の生活や、雪に閉じられている中の面白い遊びなどが、すっかり予期にはずれてすべて少しも興味が起こらなかった。その心のだるさに伴れて初めから目的にして来たことにまでも、はきはきと気がすすまなかった。
 そうしているうちに、或る日ふとS君がこう言った。
「東京の女の声が聞きたい!」するとそれを私はすぐ引き取って、
「ほんとだ。僕もそろそろ東京に帰りたくなった。東京の夜の明るいのが思い出される。」……しばらくして、
「こんど帰ったら、いちど存分遊ぼうじゃないか。」
「遊ぼう! ほんとに東京の女の声が聞きたい。」
「僕はいつでもそうだが、東京を出て旅をする時には、東京なんてなんだ、こんなつまらないところって言う気がして、早く知らないところに行って見たいと思う
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