出して、
「これはなんでしょう?」と問うた。判事さんが何か言うかと思って、私はしばらく黙っていたが、判事さんは黙っているので、やがて、
「松蘿と言うものです。」と、心持ち首を傾けてそれを見入っていたが、「何ですねこれは。」
「やはり苔の種類でしょう。深山《しんざん》でなければないのだそうです。根がないでしょう? 霧の湿気で生きてるんだそうです。」
「へえ、私はS峠でひょっと上を見ると、妙なものがあるから、その樹にのぼって取って来たのですがね。」と、一心にその松蘿のついた小枝を見ている。私も心持ちからだを寄せて、それを見た。
判事さんも首を出してそれを見た。
そこへ、も一人の若い男が飛び込んで来た。それを見て、「分った」と、松蘿を持った男が言った。
「分ったか、なんだ?」
「さるおがせって言うだと。」
「さるおがせ。はじめて聞いた。それを書いておけ。」
「深山でなければないのだそうだ。」と言いながら、その男は外套のポッケットから手帳を出して、
「猿尾……と、がせと言う字は。」と私を振り返った。
「いいえ、そう書くのじゃないんです。私もどんな字だったか……たしかにそれの字はあるのだが、
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