くのである。
私はS君の姿がこの野の中に見え出してくるのを、ただしきりに待って、後の方ばかり気にしていた。
そのうちに、S村に着いた。馬車が止ると、二人の若い男が飛び下りてそとに出た。ここはT町を離るること一里半、第一の宿である。私がくる時には吹雪の中で、日がとっぷり暮れてからここに着いた。
私は所在のない、ものうい心持ちがしながら馬車の動くのを待った。
五
馬車の垂幕の下から見ると、私の乗って来たあとは、平らな林檎畑のあいだに、広い道が一条ついている。その道には人の影も見えない、両側の畑にはまだ雪が解けていない。そのあいだに黒い道がはるかに続いているのだ。
いま昼の時に来て見ると、この茶店はその道のかたわらに二三軒、ぽつりと家が並んでいるだけで、空も、道も灰色をしている。家も古びてよごれている。私はそれを見て自分の胸の中に映っていた忘れられない記憶を拭き消されたように思った。――くる時にこの村で感じた、不思議な、自然の生きた大きい目で睨みつけられたような記憶――吹雪でこの野は暗く、その奥から、ひそかに深い吐息でもするように、灯が見えていた。馬車を出て雪のなかを
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