は荷物でも積むと見えて動かない。私は仕方なしに別れるときに送られたI君、M君の写真を、今更らしく出して見た。と、窓の外から肩をたたく。振り返るといつの間にかS君が立っていて、「これをおあがりなさい。」と、鶏卵《たまご》を一つ出してくれる。「いらない。僕はたくさん。」と言うと、「では、今夜H町で逢いましょう。」と言って、とっとっと歩いて行った。私は今日一日、この狭い箱のような馬車で揺られて十三里の道を行くのだと思って見ると、今からうんざりする。頭には弾力がなくって、ぼっとなっている。
馬車がまた動き出した。
町をはずれると川に沿って走った。この道はH町までの間は広い野に出るかと思うと、山に沿った渓の上を行く。
川を離れると、広い畑の中を走る。雪がむら消えをしている。畑には林檎が植えてあるが、雪の中に、黒い枯木のようになってつづいている。この周囲には何方《どちら》を見てもけわしい高い山がつづいて、この広い野を取りかこんでいる。そしてところどころに家が一軒二軒見えるほかには、雪が白々と日に照らされていて、人の影も疎《まばら》である。
その中を馬車が二台、揺り上げ、揺り下げして走って行
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