》かに、行手の道を見た。この次に通る土沢《つちさわ》を通り越すと、道が川に沿っている。
 渓流?……と、その変化の多い景色を想像して、心に微笑した。そして、強く煙草の烟を吸った。すると、烟が苦く刺すように舌に触る。ただ手持ち無沙汰なのをまぎらすばかりの煙草なので、この二三日の喫烟《きつえん》のために、私は舌をすっかり荒らしているのだ。
 と、前の馬車から娘達の賑やかな笑い声が起こった。それにまじって男の声も聞こえる。私は無聊なままに聴き耳を立てた。
 笑いながら言うらしい男の声で、――少しかすれているが上声《うわごえ》の、にごりのある調子で、
「まあ見せなさい。左の手、左の手だ。わしが運勢を見て上げる。」と言う。ひつっこく押しつけようとするらしい。その声で、あ、あの男だ、と、私はすぐ紋付の男の顔を思い浮べた。
「やんだ! おれは。」と言って娘の一人が、身をもがくように笑うのが聞こえた。と男がまた、
「そう言ったものではない。運勢を見て上げるんじゃから……」と、真面目らしく言いながら、娘の運勢や、性分などを占いでもするらしく説きはじめる。娘はいつまでもキャッ、キャッ言ってはしゃいでいた。
前へ 次へ
全31ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング