すると、
「前では賑かだな。」と私とならんでいた商人体《しょうにんてい》の男がつぶやいた。老人もハハハハと大きい口を開けて笑った。私もつい微笑せずにはいられなかった。
その時に道が下りになったので、馬が急に駆け出した。車の中では一時に下をぐっと引っぱられたので、みんなうしろの方によろめいた。「やけにやるナ」と商人体の男が窓から馭者の方を見て言って置いて、振り向くと軽く笑った。その拍子に前の馬車は四五間も離れたので、その笑い声も聞こえなくなった。
車が今にもこわれてしまいそうに揺れる。からだがただ揺れるままにして、車の中では誰れもものを言わぬ。で、しばらくすると商人体の男がふと老人に話しかけた。
それは芝居の話だ。数日前まで盛岡で興行していた、某一座を遠野に連れてくることになった談判の模様らしい。
私はその話に耳を貸しながら、次第々々うしろに残されて行く景色を眺めていた。道は山に入るかと思うと、山を離れて畑のあいだを行く。だが、どこもかも、白々と雪が積って凍りついたまま野も山も深く眠っている。やがて土沢に着いた。一度夢に見たことのあるような町だ。材木を組み合わせたような造り
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