行くかな。」と、私の乗っている方の馭者を振り向いて見た。
「うむ。」と、その男が従順にうなずく。と、
「行くのかね?」例の老人が言って立ち上った。私はその人達より先に黙って戸口を出た。続いてさきの馬車の馭者が出て来て、のびのびと肥った両手を張ると、
「出んじょ!」と怒鳴りつけるように言った。
 両側の家にいた人達がみな出て来た。私は道端に立って、老人達のはいるのを待っていると、例の鼠色の帽子をかぶった男が、向いの家から出て来て、ぼやっとした顔つきをしながら、車の中にはいった。つづいて赤面の紋付がにやにやしながら出てくると、馬車の窓の下から、両手に持っていた紙に包んだものを、差し出して、
「ほれ、姉さん達、駄菓子だが一つ食《あが》りなさい。」と言う。中から「あれ、すみません。」と言って、二人の娘がはしゃいだ声を立てた。男は、
「まあ、まあ。」と押しつけるように、その包みを中に入れると、私を振り返って、したり顔に笑いかける。私はまた傍を向いた。

 人がみんな乗ってしまうと馬車がゆるゆると動き出した。道が少し上り坂になっている。
 私は煙草をふかしながら、二枚の地図を継ぎ合わせて、細《こま
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