の老人も、黒羅紗の外套を着ていた三十男も、襟巻の男もいた。私はその傍に立って時計を見るともう十一時だ。
「ここはなんと言うところです?」と、私は地図をひろげて、こっちの端にいた老人に聞いた。
「さ、……××村の中でしょう。」と、地図を覗き込んで、「××と言う村は出とりませんかな。」と聞く。
「ありました。」とその場所を指して見せて、「この次は土沢って言うところですね。そこまでどの位ありますか?」
「一里半かね。」と振り向いて馭者に聞いた。
「そうです。一里半少し遠いか。」と、喰《くら》い肥《ふと》った方が言った。体格から、言葉から兵役に行って[#「行って」は底本では「行つて」]来た男らしく見える。
 私は立ったまま黙って地図を見ていた。この「磐井」「盛岡」の地図の表は山の記号《しるし》で埋まっている。この山と山の重なっている中には、どのような寂莫な、神秘が蔵《かく》されているだろう。
 ふと、顔を上げると、炉端の人達が何かさぐるような、物珍らしいような目をして私を見ていた。私の目がみんなの方に向くと喰い肥った方の馭者が、大きく欠伸《あくび》して、さも不精無精《ふしょうぶしょう》に、

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