を上げて、窓のふちにひじをもたせながら、そこに待っている人達を見おろして、得意そうににやにやして笑いかけた。その目と私の目とふと見合うと、私は妙な不快な感じがした。売卜者《うらないしゃ》のような人を馬鹿にした、……それでいて媚《こ》びようとするような顔をしている。角ばった、酒に酔ってでもいるような赤い顔で、大きい卑《いや》しい口に、赤い疎らな鬚をはやしている。
私はその男の目と見合わせると、すぐ傍を向いてしまった。そして肩を聳やかして、つっと自分の馬車の方に歩み寄った。
また前の馬車の中に座を占めた。窓から見ると、北上川の末の方まで、広い空は寒そうに曇っている。私は手提の中から、参謀本部の地図を出して、遠野と書いてある山間の小さい町へ[#「町へ」は底本では「町の」]つづいている道を指でたどって見た。道は殆んど山の中にばかりついている。それを見ながら、樹がしんしんと立っている、幾千年も前から、おし黙っているような、人気のない山間の道を想像した。私は心がじっと寂しくなってくるのを覚えた。と、美わしい顔色をした東京の女が懐かしく目に浮ぶ。華やかな笑い声も、もう久しく聞かぬような心持ちがす
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