と聞く。そうだと答えると、「昨晩、野口さんがおいでになりまして、お手紙が置いてございます。」と、言って一通の手紙を出した。それを受取ると言って立っている私を、紋付の男が笑いながら二階に上った。
私も二階に案内された。
私はいよいよ遠野に着いたのだ。
野口君の手紙に、野口君はちょっと用事ができて一晩泊りで村の方へ行くとしてあった。私は次の日一日は、この旅宿《やどや》の二階にひとりでぼつねんとしていねばならぬ。
四
朝起きると、私は町に出て見た。広い町すじは、軒が長く出て家が暗く見える。私はあてもなくその通りを歩いて行った。すると家々から、店を整頓させながら、町の人が不思議そうな顔をして私を見ている。水にまじった油の一滴のように私は見られているのを感じた。
帰ってくるところに、きのうの紋付の羽織が今日は紺の背広を着て、ぼやけた四十男と二人で町を通った。
昼少し過ぎたころ、私はひとりで唖のような顔をして室の中に坐っていた。あまりの無聊なために私は心がどろっとなってしまった。
ところへ、隣の室にドヤドヤと人がはいって来た。疲れたらしい調子で、
「ヤレ、ヤレ」と大き
前へ
次へ
全31ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 葉舟 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング