よなら!…御機嫌よう。」と娘が叫んだ。誰れか降りる様子である。
娘の声は押し止めていた声を一時に立てたようだった。そしてあとはまた何か擽《くすぐ》られるようにはしゃいだ、笑い声が聞こえた。色を売る女のような笑い声だった。
すると、私達の車の下に黒いものが、つっと表われて、襟巻をした男の声で、
「そんだら、誰方《どなた》も。」と言う。
「はあ、これはお休みヤンせ。」と、中から声を揃えて言った。と、その男は暗の中に消え去った。
寒さで足の指先きが、痛くなって来た。不意と暗の中で、耳近く瀬の音が聞こえた。ちらと橋の欄干が見えた。やがて並木らしい、松の幹が見えたり消えたりすると、町にはいった。馬車はさらに勢い込んで駆けた。折々、家の灯で馬車の中がぼっと見える。由爺は最後に息のつづく限りラッパを吹いた。
馬車が旅宿《やどや》の前に止った。私は馬車の中で挨拶をして、手提を持って降りた。家にはいろうとすると、後の馬車からも、男も娘達も降りて来た。
上り口で、私はまたその紋付の男と顔を見合わせた。その男は相変らず笑いかけた。私の顔を見ると、宿の主人が、
「失礼ですが、あなた松井さんでは?」
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