い》の男とが乗っていた。私が入るとつづいて毛糸の襟巻をした若い男がはいって来て入口の戸を閉めた。
やがて馭者がてんでに馭者台の上に座を占めると、二台の馬車がつづいて駆け出した。軒の低いくすぶった町並がどこまでもつづく。板で囲って穴を作っているような、薄暗い花巻の町が。
私の馬車の方は、寒いのに垂幕が巻き上げてあった。馬車が町を駆けぬけると、目にひろびろとした雪の野が見えた。その中に、鉛のような色をして北上川が遙々と流れている。
川の堤に出ると、上の方に長い舟橋が見えた。それに近づくと、「さ、降りねば……」と、奥に坐っていた老人がからだを振り向けて、車の中を一|順《じゅん》見た。
馬車が橋のたもとで止ったので、私は一番に降りて、堤の上から、川の流れを見下ろした。大きい緩い水の流れが、広い平野の中に横わっている。寒い痛いような、風がそっと水面を渡って顔を吹いた。
私は四辺《あたり》を見廻わして、自分がいま、ここに……この寒い国の大きい川の岸で広い雪の野を見ながら、こうして立っているのが実に思いがけないことのように思われた……。私は冬でも雪が積ったことのない国に永らく育てられたのだ
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