る。それで馬も人も勇んでいる。
 ぼっとりと闇になってしまった。車の中では互いに顔が見えなくなるのをわびしく思った。で、そろそろ話をはじめた。
「一体、遠野に何しにおいでです?」と老人が今朝からの疑問を、はじめて私に聞いた。
「ええ? 友人がいますのでね。遊びに来ました。」私は軽くこう言って笑った。
「遊びに?」老人は信じないらしい口振りでつぶやいた。
「大変おもしろい話のある土地だと聞いていましたので。」と言うと、
「ハア、遠野が?」不思議そうにしているので、私は単純に遊びに来たとだけ言っても、腑に落ちまいと思って遠野に古跡があるそうだがと聞いた。と、こういうところに折々そういう人がくると見えて、私をこの地方の歴史の研究者だと思ったらしく、その方の土地の人を三四人紹介してくれた。それから話のいとぐちがついて、商人体の男も暗の中でいろいろの話をはじめた。私は幾度もマッチをすって時間を見た。遠野へ着くのは早くも十時過ぎだろう。私は心ひそかに夜更けてからの寒さを恐れた。
 由爺のラッパはますます調子よく響く。と、そとに燈火が見えて、馬車が十五六軒ならんだ家の間を通った。
「上鱒沢《かみます
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