色を驚ろいて見ていた。自然がつく緩い深い吐息を聞いた。この奥に不思議な世界が静かに千年の昔から横わっているようで。……すると、後の馬車で垂幕を上げた。ほの白い中に見えるのは例の赤い面の男と、それに対い合ってのぼせたような娘の顔とだった。と同時に、その中から二三人が声を合わせて笑った。男も女もはしゃぐ絶頂にのぼっているような顔をしていた。男は例のように対手なしににたにたしていた。
 寒さが身に沁みてくる。私は幕をおろして、肱でからだを支えて、煙草をくわえたが、目をつぶっていると何とも知れぬ深い暗い底に堕ちて行くようだ。
 道はまだのぼりだと見える。私はいくどもからだを動かしては、そっと恐ろしいものを覗うようにしてそとの景色を見た。そしてじっと心が一つに集るようになってくると、折々、後の馬車でドッと笑う声が聞こえる。女がうわずった、少し熱でも病んでいるような声をして笑う。私は苦笑した。と、馬車は俄かに駆け出した。薄暗くなって行く中を嵐と雪との中にまじって狂うように駆けて行く。由爺は馭者台の上に腰をかけて、ラッパを吹いた。長い息で、いつまでも吹く。……その響きがこの人気のない山の中に響きわた
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