いると、何か話さずにはいられなかったが、ふっと二人とも言葉が切れて、黙って顔を見合った。その時に女の顔には妙に底にものの澱《よど》んでいるような表情が見えた。しかも強味のある表情だった。この娘の時には見たことのなかった表情を見ると、私の心は波立った。その女が心の底を開いてものを言わぬのが、不思議に思えてならなかった。
その黙って、目を動かさずにいる女の顔が胸に浮かんだ。私の目には、ぼっと白っぽい色をした冬枯れの林が映っている。耳にはしだいに深くなった渓の底からくる水の音が聞こえている。
「スフィンクス!」
私には、時によると自分のこの肉体より、ほかのものは、すべてその存在していることが不思議でならなく思われる。
と、私の目の前にぬっと馬が顔を出したので、はっとして今まで思っていたことが消えてしまった。
どこからか、荷を背負った馬が一匹、この馬車について来ていたのだった。
空がしだいに暗くなった。日が暮れて行く頃のように、四辺《あたり》がしん[#「しん」に傍点]としている。馬車がいま絶壁の上を行くのだ。
そのうちにちらちらと雪が降って来た。
「雪か!」といま迄、疲れたかして
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