。で急に賑やかになった。
六
つぎの朝も、私が起きた時には隣りではもう出ていていなかった。
昼の食事を運んで来た時に、下女がしきりと孤児院の慈善音楽会が町で大評判になっていることを話した。演奏者は町の人達で、それぞれ隠し芸を見せると言った[#「言った」は底本では「言つた」]。
午後、私は野口君の誘いにくるのを待って、じっとしていると、町を芝居の寄太鼓《よせだいこ》をたたいて通った。芝居も今夜からはじまるのだ。
夜は雪が降り出した。その中を私達は四五人連れでその芝居を見に行った。更けてから帰ってくると、見る間にすっかり雪が積っていた。静かに、ああこの町は眠り切っている。静かな中に何物か大きな足で、町の上を歩いて行くのであるようだ。私は歩きながら、野口君に、
「雪国だね。」と言った。
「まだ今日は風がないから。」と野口君は答えた。
宿に帰って、私は寝ようとして、寂然《しん》とした心持ちになると、隣室の人達が計画している音楽会が、この今夜のように静かに眠っている町に、何か新らしい波紋を起こそうとしているように思われる。
で、心に隣室の人の顔を思い浮べて、しみじみとこう思った。文明の悪い波の端《はし》が、押し寄せて来ようとしているのだ。こんなところの女までがおだてられて、仕事の真似をするのか……と。
七
つぎの夜、私の室にまた三人の青年が集まった。その中の一人がこんな話をした。
「今日昼になす、裏町では(遊廓のある町)大騒動だった。昨夜の役者が一同で大浮かれさ。」
それで、私は、
「ほう、なるほど、夜は行かれないから昼間行くんですね。」と言ったが、旅から旅に渡って歩く淫蕩な男と、操《みさお》と言うことを壊されてしまった女とが、相抱いて別れる時にも、捨てたものとも、拾ったものとも思わないように両方で平然としているその顔が見たいような気がした。それを話すと、それから、恋に対する話がさかんに起こった。
そのうちに夜も更けた。四人とも話に倦んだ顔をしていると俄かに家が揺れ出した。
「地震!」と一人は腰を立てかけた。
「まあ、静かにしたまえ。」と私は坐ったままでその人を制したが、しだいに強く揺れる。するとMと言う人は立って釣るしてあるランプを押えた。野口君は入口の唐紙を開けた。
そして、四人はじっと顔を見合わせていると、ぐっすり寝ている隣室で、
「おい、おい。」と寝惚《ねぼ》けた声をして、一人を起こし出した。
「地震だ、地震だ。」と早口に言うと、[#「言うと、」は底本では「言うと。」]俄かに二人とも起き上って、カタカタ言わせ出した。そして、見ていると、両手に一杯荷物を提げながら、寒そうに身をかがめてしょぼしょぼと、私の室の前を通って行った。
その時は、地震はすでにおさまっていた。
私達は四人で、何と言うことはなしに、その姿を見て手を拍《う》って笑った。
[#地から1字上げ](四十二年四月作)
底本:「遠野へ」葉舟会
1987(昭和62)年4月25日発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2004年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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