説は、依代の立場から見れば尚権威を失うてはゐない。
必、神の依代に奉つたのが最初で、漸く本意を忘れて、献る布の分量の殖えて来るに従うて、専らに布や麻を献上する為のものと考へ出すやうになつたのが、絵巻物の世界の幣束だつたのである。さすれば、同じ道筋を通る平安朝の髯籠が、供物の容れ物から、贈答の器になつたのも故のあることであるが、後には殆ど装飾物として用ゐられる様になつた。木の枝に髯籠をつるして、鳥柴《トシバ》・作枝《ツクリエダ》と同様にさし上げて道行く人は、今日も絵巻物の上に見ることが出来る。
五月《サツキ》の邪気を祓うた薬玉《クスダマ》は、万葉びとさへ既に、続命縷《シヨクメイル》としての用途の外に、装飾といふ考へも混へてゐたのであるが、此飾り物も或は単に古渡《コワタ》りの舶来品といふばかりでなく、髯籠の形が融合してゐるのではあるまいか。

     六

面白いのは宮《ミヤ》[#(ノ)]※[#「口+羊」、第3水準1−15−1]《メ》祭りの有様である。後人の淫祠の様子が、しかつめらしい宮中に、著しく紛れ込んでゐたのである。其柱の下に立てかけられた竹の枝につけた繖《キヌカサ》や男女の形代は
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