はさずともよろしいと、皇神《スメガミ》の反抗心を挑発する為に、御影を映す鏡を立てた様に言ふのも、必しも不自然な解釈とは言はれぬ。此も神器の絶対の尊厳を会得せしめん為に、皇神其自ら或は其以上との信仰を持たせようとしたものであらうと思ふ。
二
一昨年熊野巡りをした節、南牟婁郡神崎茶屋などの村の人の話を聞いたのに、お浅間《センゲン》様・天王様・夷様など、何れも高い峯の松の頂に降られると言ふことで、其梢にきりかけ[#「きりかけ」に傍線](御幣)を垂《シ》でゝ祭るとの話であつた。神の標山には必神の依るべき喬木があつて、而も其喬木には更に或よりしろ[#「よりしろ」に傍線]のあるのが必須の条件であるらしい。併しながら依代《ヨリシロ》は、何物でも唯神の眼を惹くものでさへあればよろしいといふわけには参るまい。人間の場合でも、髪・爪・衣服等、何かその肉体と関係ある物をまづ択び、已むを得ざれば其名を呼んだわけで、さてこそ、呪咀にも、魂喚《タマヨバ》ひにも、此等のものが専ら用ゐられたのである。尤、素朴単純な信仰状態では、神の名を喚んだゞけで、其属性の或部分を人間が左右し得たので、神は即惹かれ依るものと信ぜられたのである。念仏宗などは、或点から見れば、実に羨ましい程、原始的な意義を貽してゐる。
今少し進んだ場合では、神々の姿を偶像に作り、此を招代《ヲギシロ》とする様になつた。今日の如き、写生万能の時代から遠い古代人の生活に於ては、勿論今少し直観的象徴風の肖像でも満足が出来た。仏教では、宇宙に遍満し給ふ盧遮那仏《ルシヤナブツ》をさへ具象せしめてゐるが、我古代人には、神も略人間と同じ様子を具へたまふものとの考へはあつたらうが、さて此を具象化する段には、譬へば十三臂ありとか、猪に乗るとか、火焔を負ふとか言ふ、一定の約束がない為に、却つて種々の疑問を起し易い所から、寧描写を避け、象徴に進んだ事と思ふ。だから仏像の輸入に刺戟せられ、思ひ切つて具象化した神像の中には、今日何神やら判然せぬものが多い。蓋し我古代生活に於て、最偉大なる信仰の対象は、やはり太陽神であつた。語部の物語には、種々な神々の種々な職掌の分化を伝へてゐるが、純乎たる太陽神崇拝の時代から、職掌分化の時代に至る迄には、或過程を頭に入れて考へねばなるまいと思ふ。勿論原始的な太陽神崇拝の時代でも、他の神々の信仰は無かつたと言ふのではない。唯、今少しく非分業的であつたと思ふのである。併し此赫奕たる太陽神も、単に大空に懸りいますとばかりでは、古代人の生活とは、霊的に交渉が乏しくなりやすい。故にまづ其象徴として神を作る必要が生じて来る。茲に自分は、太陽神の形代《カタシロ》製作に費された我祖先の苦心を語るべき機会に出遭つた。
まづ形代に就て、かねて考へてゐた所を言へば、一体人間の形代たる撫物《ナデモノ》は、すぐさま川なり、辻なりに棄つべき筈なるに、保存して置いて魔除《マヨ》け・厄除《ヤクヨ》けに用ゐるといふのは、一円合点の行かぬ話であるが、此には一朝一夕ならぬ思想流転の痕が認められるのである。神の形代に降魔の力あるは勿論であるが、転じては人の形代にも此神通力を附与するに至つた。其仔細を理解するには、形代に移されたる人の穢れ即悪分子は、八十禍津日《ヤソマガツヒ》・大禍津日《オホマガツヒ》化生の形代をさながらに、御霊的威力を振うて、災禍を喰ひ留めてくれると言ふ外に、尚古代人が実在の親しむべきを知ると共に、実在を超越する程度の高いものほど、怖しさの程度が加はると感じた根本観念を推測して見ねばならぬ。
実在する間は、人間の意のまゝに活殺し得べき動物が、一歩実在性を失ふや、忽ち盛んに人間を悩まし、或は未然を察知し、或は禍福を与奪する。又我々の属性の部分々々でも、抽象的なものほど恐怖の念を唆る傾向のあつたもので、分裂などゝ言へば事々しいが、我身よりあくがれ出づる魂の不随意的な行動を、自ら恐れることすらあつた。かの六条の御息所《ミヤスドコロ》の恐怖などは、啻に道徳上の責任を思つた為のみではなかつたので、寧、我魂魄に対する二元的の感情であつたかと思ふのである。
話が岐路に入つたが、立ち戻つて標山の事を言はう。標山系統のだし[#「だし」に傍線]・だんじり[#「だんじり」に傍線]又はだいがく[#「だいがく」に傍線]の類には、必中央に経棒《タテボウ》があつて、其末梢には更に何かの依代《ヨリシロ》を附けるのが本体かと思ふ。彼是記憶に遠い話よりは、自分に最因縁の深い今の大阪市南区|木津《キヅ》、元の西成郡木津村で、今から十年前まで盛んであつただいがく[#「だいがく」に傍線]に就て話して見よう。
故老の言ひ伝へには、京祇園の山鉾《ヤマボコ》に似せて作つたと言ふが、此と同型の物の分布する地方は広く、五十年や百年以来の思ひつきとは
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