るが、折からの入日をうけて立ちたる。と見れば、その木の本に小家ありて、其内より機おり唄のきこえ来るならずや。
ひそ/\と忍びよりて障子の穴よりうかゞふに、さだすぎたる女の、頬にみだれかゝる髪かきもあげで、泣きてはうたひ、唄ひては泣き、何になくらむ、かなしげにうたへるなりき。
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様は遠州浜名の橋よ、いまはとだえて音もせぬ。
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さては此女、柿|主《ぬし》なりなと思ひつゝ、手ごろの石拾ひあつめ、柿の木にむかひてうちつくるに、二つ三つ四つ、がさ/\と音して、叢にまろび落ちたるを、袂におしいれて、立ち上らむとする時、「たそ」と咎むる声して、障子さとうち開き、見いだしたるは、かの女なりき。
一目見るより、われは背戸のふし垣ふみこえて、走り出でぬ。
後につゞく音するに、顧れば、さをなる顔にほつれ毛うちみだし、細き目に涙たゝへたる柿主の女の追ひ来しなりき。
われは立ちすくみぬ。
女は近よりて、やにはにわが手をぐと[#「ぐと」に傍点]把《と》りぬ。われは恐れと羞恥《ひとみしり》とに、泣かむとせしも、辛うじて涙かくしぬ。
握られたる手には、女のはげしき呼吸にう
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