か》し見よ。そこり[#「そこり」に傍点]に揺るゝなごりには、既に業《スデ》に、波の穂うつ明日《アス》の兆しを浮べて居るではないか。われ/\の考へは、竟《ツヒ》に我々の考へである。誠に、人やりならぬ我が心である。けれども、見ぬ世の祖々《オヤ/\》の考へを、今の見方に引き入れて調節すると言ふことは、其が譬ひ、よい事であるにしても、尠《すくな》くとも真実ではない。幾多の祖先|精霊《シヤウリヤウ》をとまどひさせた明治の御代の伴《バン》大納言殿は、見飽きる程見て来た。せめて、心の世界だけでなりと、知らぬ間のとてつもない[#「とてつもない」に傍点]出世に、苔の下の長夜《チヤウヤ》の熟睡《ウマイ》を驚したくないものである。
われ/\の文献時代の初めに、既に見えて居た語《ことば》に、ひとぐに[#「ひとぐに」に傍線]・ひとの国[#「ひとの国」に傍線]と言ふのがある。自分たちのと、寸分違はぬ生活条件を持つた人々の住んで居ると考へられる他国[#「他国」に傍線]・他郷[#「他郷」に傍線]を斥《サ》したのである。「ひと」を他人と言ふ義に使ふことは、用語例の分化である。此と幾分の似よりを持つ不定代名詞の一固りがあ
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