も同様の事がいはれる。かづら(鬘)といふ語があつてのちはじめて出来る筈の語で、決してかづらぐ[#「かづらぐ」に傍線]から鬘がうまれたとはいふことが出来ない。その外かた・ぐ[#「かた・ぐ」に傍線]とかはら・む[#「はら・む」に傍線]とかちか・ふ[#「ちか・ふ」に傍線](ちかごとなどいふ)、うら・ふ[#「うら・ふ」に傍線](うらなふと意殆ど同じい)、あが・ふ[#「あが・ふ」に傍線](あがなふと意殆ど同じい)、あぎと・ふ[#「あぎと・ふ」に傍線](魚のあぎと・ふをいふ。あぎとをはたらかしたもの。童児のあぎとふはあき・とふ[#「あき・とふ」に傍線]である)とかいふ語を見ても、かたぐ[#「かたぐ」に傍線]から肩[#「肩」に傍線]、はらむ[#「はらむ」に傍線]から腹[#「腹」に傍線]、ちかふ[#「ちかふ」に傍線]からちか[#「ちか」に傍線]、うらふ[#「うらふ」に傍線]、うらなふ[#「うらなふ」に傍線]から占[#「占」に傍線]、あがふ[#「あがふ」に傍線]、あがなふ[#「あがなふ」に傍線]から贖[#「贖」に傍線]、あきとふ[#「あきとふ」に傍線]から顎[#「顎」に傍線]などが生れたとは決して考へることはできない。
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尚数行いひそへておくが、語根名詞説が正しくて名詞語根説が誤だと主張する論者に次の現象について説明を促さうと思ふ。
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(一)[#「(一)」は縦中横] たしかに体言といふべきものであつて、ある接尾語をよんで用言となる理由はどうであるか、即ち、
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あき・なふ(あきじこり、あきうど)
音・なふ まか・なふ(まかだち)
まひ・なふ(わかければ道ゆき知らじまひ[#「まひ」に傍線]はせむ下べの使おひてとほらせ 憶良)
荷・なふ 甘・なふ まじ・なふ(まじ物、まじこる)
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等のなふ[#「なふ」に傍線]
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たゝ・よふ(たゝふ、たゝはし)
不知《イサ》・よふ もこ・よふ(むくめく[#「むくめく」に傍線]、むく/\し[#「むく/\し」に傍線])
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等のよふ[#「よふ」に傍線]
[#ここから2字下げ]
さき・はふ わさ・はふ
いは・ふ(い[#「い」に傍線]は忌、即ちゆ[#「ゆ」に傍線]には、ゆゝしのゆ[#「ゆ」に傍線]と関係がある)
種《クサ》・はひ[#「ひ」に二重丸傍点](ちぐさ、くさ/″\)
味・はふ
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等のはふ[#「はふ」に傍線]
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ちり・ぼふ よろ・ぼふ き・ほふ
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等のほふ[#「ほふ」に傍線]
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たゞ・し(正といふ名詞は動詞にたづぬ[#「たづぬ」に傍線]があることから思ふとたづ[#「たづ」に傍線]といふ語があつて、恐らくはその名詞法なのであらう。それにし[#「し」に傍線]〈しく形〉がついたのである)
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ひさ・し(見ずひさに、ひさにふる) これ・しき[#「き」に二重丸傍点](これしきもの)
もの・し もの/\・し おほやけ/\・し
女・し おとな・し われ/\・しき[#「き」に二重丸傍点](我々しき分際)
[#ここで字下げ終わり]
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こまいぬ・しく[#「く」に二重丸傍点](狛犬らしくである。枕草子に二ヶ所見えて居る。但し関根先生は狛犬獅子也といはれたけれど、なほ次のくま/\しくなどからみると狛犬しくであらう)
くま/\・しく(きはやかならぬこと。夕顔に、こゝかしこのくま/\しくおぼえ給ふにものゝあしおとひし/\とふみならしつゝ)
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等のし[#「し」に傍線]
[#ここから2字下げ]
なが・らふ(ながるの延と称せられるながらふ[#「ながらふ」に傍線]ではない)
[#ここから1字下げ]
等のらふ[#「らふ」に傍線]
その外
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めく(とき・めく、うご・めく)
つく(がさ・つく、うろ・つく、そは・つく)
がる(まろ・がる、くら・がる、ひろ・がる)
がる(いやがる、かなしがる)
かふ く(ぐ) す(ず) つ(づ)
ぬ む ふ(ぶ) ゆ る う(得)
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等の接尾語がついて動詞をつくるのはどう説明するのか。
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(二)[#「(二)」は縦中横] かれ・す つき・す しに・す
[#ここから1字下げ]
などのかれ[#「かれ」に傍線]、つき[#「つき」に傍線]、しに[#「しに」に傍線]は動詞の連用名詞法でなうて何であるか。
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[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(三)[#「(三)」は縦中横] 料理がれうる[#「れうる」に傍線]、装束がしやうぞく[#「しやうぞく」に傍線]と動詞になり、おはもじ(はづかしいこと)、ひもじが、おはもじい、ひもじいと形容詞になるのはどういふものか。
(四)[#「(四)」は縦中横] わかやか やはらか すみやか などと、
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わかやぐ やはらぐ すみやく などゝは、どちらが前に出来たかなどゝいふ事は別として、やはらかのら[#「ら」に傍線](か)、わかやかのや[#「や」に傍線]は何のためについてゐるのかといふことについて詳細の説明がきゝたい。
[#ここから2字下げ]
注意
や[#「や」に傍線]、ら[#「ら」に傍線]、か[#「か」に傍線]の説明を求めるにあたつて、自分の立脚地から見たや[#「や」に傍線]、ら[#「ら」に傍線]、か[#「か」に傍線]の説明をしておく必要を感ずる。
やはらか[#「やはらか」に傍線]のら[#「ら」に傍線]、わかやか[#「わかやか」に傍線]のや[#「や」に傍線]、ほこりか[#「ほこりか」に傍線]のか[#「か」に傍線]、あてはか[#「あてはか」に傍線]のは[#「は」に傍線]等は、名詞をつくる接尾語だと考へる。
やは[#「やは」に傍線]、わか[#「わか」に傍線]、ほこり[#「ほこり」に傍線]、あて[#「あて」に傍線]などにはすでに体言的の意はあるのだけれども、完全な体言とはなりをふせぬから、ら[#「ら」に傍線]なり、や[#「や」に傍線]なり、か[#「か」に傍線]なり、は[#「は」に傍線]なりをつけてその体言的の意をやゝ完全にして、名詞になり、形容詞になり、副詞になり用ゐたものとおもはれる。そして尚いふと、単にや[#「や」に傍線]、ら[#「ら」に傍線]、か[#「か」に傍線]、は[#「は」に傍線]といふ単純な外部から添加した語ではなく、もと/\活用のあつた語の将然言であらうと思ふ。これについてはなほ後にいふ所があらう。
古事記上巻の須勢理媛の歌に※[#歌記号、1−3−28]あやかきの布波夜賀斯多尓、むしふすま尓古夜賀斯多尓、たくぶすま佐夜具賀斯多尓 とあるそのふはや[#「ふはや」に傍線]、にこや[#「にこや」に傍線]は今でいふとふはやか[#「ふはやか」に傍線]とか、ふは/\した[#「ふは/\した」に傍線]とか、にこやか[#「にこやか」に傍線]とかいふべきところであるが、佐夜具といふ動詞が連体名詞法からが[#「が」に傍線]といふ弖爾波をよんだ如くすぐにふはが下に[#「ふはが下に」に傍線]、にこが下に[#「にこが下に」に傍線]としたゞけではものたらぬからや[#「や」に傍線]をよんだので、多分これはゆ[#「ゆ」に傍線]といふ動詞接尾語がついたのが将然にや[#「や」に傍線]の形をとつたのであらう。たをやめ[#「たをやめ」に傍線]などもさうである。古事記あたりに手弱女(天真名井宇気比の条)と字をあてゝゐる所からたよわめ[#「たよわめ」に傍線]の転であると説明してゐるけれども、これはむしろたわ[#「たわ」に傍線]とかたを[#「たを」に傍線]とかにや[#「や」に傍線]の添はつたもので、女《メ》に対して形容詞のやうにつゞいたものと見る方が正しからう。一体や[#「や」に傍線]とら[#「ら」に傍線]とは音が近いから、或は音転であるかともおもはれる。たよら[#「たよら」に傍線](たよや、たよやか)、さはら松風[#「さはら松風」に傍線]などゝいふ語もある。あてはか[#「あてはか」に傍線]といふ語のは[#「は」に傍線]は多分あてぶ[#「あてぶ」に傍線]といふ語の将然言ではありはすまいか。今でこそ一つはあてぶ[#「あてぶ」に傍線]といひ、一つはあてはか[#「あてはか」に傍線]と清濁の区別があるけれども、それによつて語の系統を無視するわけにはゆかない。
さやぐ[#「さやぐ」に傍線]の名詞法がさやか[#「さやか」に傍線](「たくぶすまさやぐが下に」は栲衾のさやかなるもとにといふ意味であることは勿論である)である。みやびか[#「みやびか」に傍線]、なよびか[#「なよびか」に傍線]、ほこりか[#「ほこりか」に傍線]、にほひか[#「にほひか」に傍線]などのか[#「か」に傍線]はや[#「や」に傍線]が脱けたものとも、連用名詞法についたものとも思はれる。
尚や[#「や」に傍線]が単にや[#「や」に傍線]としてついたのでなしに、ある動詞からうつつたのであらうといふ事は、さゆ[#「さゆ」に傍線]の名詞法がさや[#「さや」に傍線]であり、あてぶ[#「あてぶ」に傍線]の名詞法があては[#「あては」に傍線]であるといふことによつて稍たしかめられる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(五)[#「(五)」は縦中横] かこ・ふ[#「かこ・ふ」に傍線]とかしづ・る[#「しづ・る」に傍線]とかいふ語がかく[#「かく」に傍線]とかしづ[#「しづ」に傍線]とかいふ語より以前にあつたこと、または偶然にかく[#「かく」に傍線]とか、しづ[#「しづ」に傍線]とかいふ語を無関係な数種の語の中に没交渉的にふくんでをつたのであるといふ証明を欲する。
[#ここで字下げ終わり]
以上おぼろげながら名詞語根説について述べたつもりである。進んで用言の五段について名詞法を考へて見たいと思ふ。先づ将然言からいふと、
■将然名詞法
この段から名詞の出来ることは亀田先生が先日大学で講演せられた。先生の考では、おや[#「おや」に傍線]は老ゆ[#「老ゆ」に傍線]の将然名詞法で、綯ふ、鳴るの将然言がなは[#「なは」に傍線]、なら[#「なら」に傍線](屁)となつたのであらうとのことである。この考を借用して敷衍すると、つる[#「つる」に傍線]の名詞法がつら[#「つら」に傍線](列)、つれ[#「つれ」に傍線](連)で、さゆ[#「さゆ」に傍線]の名詞法がさや[#「さや」に傍線](―に)(―か)で、ちる[#「ちる」に傍線]の将然からちら/\[#「ちら/\」に傍線]、ちら・つく[#「ちら・つく」に傍線]などのちら[#「ちら」に傍線]といふ体言が出、足玉も手玉もゆらに[#「ゆらに」に傍線]などのゆら[#「ゆら」に傍線]はゆる[#「ゆる」に傍線]の名詞法であることは疑もない。全体副詞の語根といふものはみな体言である。用言の将然言が体言となるにはすつかり名詞となつてしまふわけにもゆかないので、体言的な副詞の語根となつて止つてるものが多いことは考へがたくはない。形容詞の語根についてもまた同様な現象をみる。若、高、優《ヤサ》(―男、―形)、浅、深などもまた動詞の将然言に形容詞接尾語し[#「し」に傍線](し、しく)がついたのである。
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若は古動詞わく[#「わく」に傍線](文献の今徴すべきものがない)の将然名詞法であつたらうといふことは、わきいらつこ[#「わきいらつこ」に傍線](わかいらつこの音韻の変化ではあるまい)もあればわくご[#「わくご」に傍線]もある。いわきなし、いわけなしもある(いときなし[#「いときなし」に傍線]、いとけなし[#「いとけなし」に傍線]がい・とき〈分別〉なしと考へ
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