ると説くのは必ずそのあやまりを古事記あたりに発してゐるのであらう。〔古訓古事記には占合をうらあへといふ様に下二段にはたらかしてをるけれども、意はやはりはらへ〈祓〉のごとくもとは他動から出て自動[#「自動」に傍点]にうつつてゐる語のやうにあつかうたのはおもしろくない〕)
金沢先生は延言考において、韓語の動詞形容詞に二つの名詞法(※[#ハングル文字、「フ+ト」、463−1]、※[#ハングル文字、「ロ」に似た文字、463−1])がある事とわが形容詞にばかり ki mi の二つの名詞法がのこつてをる事とから推して、動詞にもm形の名詞法が昔はあつたので、ひろき[#「ひろき」に傍線]、しろき[#「しろき」に傍線]がひろく[#「ひろく」に傍線]、しらぐ[#「しらぐ」に傍線]となるやうに、ひろむ[#「ひろむ」に傍線]、しろむ[#「しろむ」に傍線]はひろみ[#「ひろみ」に傍線]、しろみ[#「しろみ」に傍線]の名詞法から動詞にうつつたのでこのm形が変じては行延言[#「は行延言」に傍線]と称するものが出来たのであらう、というてゐられる。
けれども考へてみれば、延言と称すべきものは決しては行とか行とばかりにあるわけではない。ki mi のい[#「い」に傍線]の韻をもつた名詞法から動詞となるといふ事から、先生の動詞の語根をい[#「い」に傍線]の音に関係ふかきものを以て定められてゐる立場から見れば当然ではある。けれども、よそ・る、ふる・す、まさ・る、うこも・つなどはどう説明すればいゝのであるか。
よす[#「よす」に傍線]がかたらふ[#「かたらふ」に傍線]とかみまく[#「みまく」に傍線]とかにふ[#「ふ」に傍線]、く[#「く」に傍線]がつくと同じ様にる[#「る」に傍線]をうけてよそる[#「よそる」に傍線]となる。
ます[#「ます」に傍線]の将然からる[#「る」に傍線]に接してまさる[#「まさる」に傍線]となることはみまく[#「みまく」に傍線]とかかたろふ[#「かたろふ」に傍線]とかと少しも差異はない。同様な事がうごもつ[#「うごもつ」に傍線]、うごもち[#「うごもち」に傍線]の上にもいはれる。うごむ[#「うごむ」に傍線]はむくむ[#「むくむ」に傍線]とおなじことばで、之にる[#「る」に傍線]、つ[#「つ」に傍線]がついて出来たというて何の差支をも見ない。
ふる・す[#「ふる・す」に傍線]はふる[#「ふる」に傍線]といふ動詞にす[#「す」に傍線]をつけたもの、たる・む[#「たる・む」に傍線]はたる[#「たる」に傍線]にむ[#「む」に傍線]がそはつたもの、ゆる・ぶ[#「ゆる・ぶ」に傍線]はゆる[#「ゆる」に傍線]にぶ[#「ぶ」に傍線]がついたもの。
かういふ風にのべて来ると、延言と称するものは決してく[#「く」に傍線]、ふ[#「ふ」に傍線]にかぎらぬことが明かである。
更に注意すべきは二重にこの作用をするものがあることである。即ち、
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よそほふ[#「よそほふ」に傍線]は
 よそ・ほ・ふ<よそ・ふ<よす
ひこづろふ[#「ひこづろふ」に傍線]は
 ひこ・づろ・ふ<ひこ・づる<ひく
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の類である。
更におもへばゆか・る[#「ゆか・る」に傍線]でもゆか・す[#「ゆか・す」に傍線]でも、うか・る[#「うか・る」に傍線]でもうか・す[#「うか・す」に傍線]でもやはり所謂延言だと称する事が出来る筈である。
延言と称する名称の不可なることは用言のある活段を体言と考へて之に接尾語をつけて用言としたので、決して語尾を延べてつくつたものでないことを以てみても明かである。
終につけそへておくが、これまで延言と称せられたる、ふ[#「ふ」に傍線]、その他く[#「く」に傍線](みらく、こふらくのく[#「く」に傍線]ではない)、す、つ、ぬ、は、ゆ、る、う(ぐ、ず、づ、ぶをも加へて)及び二綴或は二綴以上の接尾語について、その意を考へてみれば面白い結果が得られるとおもふ。勿論る[#「る」に傍線]には有の意味があらう、す[#「す」に傍線]には為の意味があらう、う[#「う」に傍線]には得の意があらう、む[#「む」に傍線]には見の意味があらう、けれども、る、す、む、の説明もなほそれだけでは不完全である。その他く、つ、ぬ、ふ、ゆをはじめ、多綴音の接尾語についても考へてみる必要がまだ/\ある事とおもふ。
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つな・ぐ(綱ぐか列ぐか)
かゞ・や・く、おどろ・く、うご(<むく)・く、うな・く、さや・ぐ、そよ・ぐ、そゝ・く、せゝら・ぐ、よろ・ける(>く)、ゑら・ぐ(ゑら/\)
こほろぎはこほろ(擬声)ぐの名詞法か
はらゝ・く、とゞろ・く
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(ご)
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すぐ・す、たゞ
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