などゝいふ珍妙な活用があることをも肯定せねばならぬ。自分は前に終止と連体との親族的関係のある事についていうておいた。それによつてみても、むしろ終止といふ方が将然といふよりもまさつてをりはすまいか。この場合に於て終止言に連体の意味があるというても差支はないけれども、決して形式の上に混同してはならぬ。形式の上ではむしろ動詞の連体言が体言的になつて接尾語をよぶといふよりも、連体終止の二段をかねた終止言が接尾語をよぶのである。即ち活用が一元に帰するとすれば、今の四段活用の様に終止連体うちこめて終止とする様な活用でなければならぬのである。さなくては、今の上下二段諸変格の連体が接尾語をうけて用言とはならずに却つて終止からうけるなどは奇妙な事といはねばならん。
かういふわけで、ある点までは連用もまた将然言にこめて考へることが出来る。
さうすれば問題は大体に於て将然と終止との上にのこるわけである。
くりかへしていふが、自分は音転といふことをば認める。けれども此れを極端にひろげて考へることは出来ない。自分とてもどれもこれも終止と将然とからおの/\別に出発したものとはいはぬけれど、これを悉く一元に帰せうとする意見には賛同の意をあらはすことはできぬ。かうして、
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つくろふ  は  つくるの終止からふ[#「ふ」に傍線]をうけたもの
かたらふ  は  かたるの将然からふ[#「ふ」に傍線]をよんだもの
かこふ   は  かくの終止にふ[#「ふ」に傍線]がついたもの
たゝかふ  は  たゝくの将然がふ[#「ふ」に傍線]をうけたもの
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であると説かうとおもふ。(かたらふをかたりあふ、たゝかふをたゝきあふであるなどゝいふのはどうかとおもふ。一体反切をいろ/\の方面に応用した事は明かな事実で、記紀万葉あたりにもこの反切の応用が見えてゐる。しかるにやゝもすれば占《ウラ》ふといふ処に占合、占相、たをやめに手弱女などゝあて字を用ゐる。うらふ、かたらふ、たゝかふのふ[#「ふ」に傍線]にはもとよりあふ[#「あふ」に傍線]の意はないではなからう。けれどもこれらのふ[#「ふ」に傍線]を悉くある接尾語とは見ずにあふ[#「あふ」に傍線]のあ[#「あ」に傍線]が語根のうちに融合してしまうたと説くのは、記紀あたりのあて字からまよはされたのではあるまいか。たをやめを手弱女の意であ
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