た神だ、といはれて居る。
おほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]とおほものぬし[#「おほものぬし」に傍線]と
おほなむち[#「おほなむち」に傍線]とすくなひこな[#「すくなひこな」に傍線]とが一つものに考へられたには、理由がある。すくなひこな[#「すくなひこな」に傍線]が他界から来た神である事は前に述べたが、おほくにぬしの[#「おほくにぬしの」に傍線]命が、此すくなひこな[#「すくなひこな」に傍線]を失うて、海岸に立つて愁へて居ると、海原を光《テラ》して、依り来る神があつた。「何者だ」と問ふと、「俺はお前だ。お前の荒魂《アラミタマ》・和魂《ニギミタマ》・奇魂《クシミタマ》だ」と答へたとある。大和の三輪山に祀つたおほものぬしの[#「おほものぬしの」に傍線]命であるが、此三つの魂が、おほなむち[#「おほなむち」に傍線]について居たのである。たま[#「たま」に傍線]には、形はないが、少くとも此話では、光りをもつて居た事が考へられる。
日本の神々に、いろ/\な名があるのは、一の体に、いろ/\な魂が這入ると考へたからで、其魂に、其々の名があるからだと思ふ。元は、体はたま[#「たま
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