十年に一度出現する神もあり、一年の間に度々出現する神もある。其中で、最著しい神は、与那原《ヨナバル》のみおやだいり[#「みおやだいり」に傍線](御公事)の神である(中山世鑑)。この神は、琉球の王廟の中に祭祀する。其祭祀する者は、此国第一位の女神官である。天子の代の替る毎に、聞得大君《チフイヂン》が出来る。首里より一里程海岸の与那原《ヨナバル》に聞得大君が行く時に、与那原のみおやだいり[#「みおやだいり」に傍線]の神が現れる。みおやだいり[#「みおやだいり」に傍線]は、其神に奉仕するのであつて、其祭りに奉仕する時は、此を神と認めて儀礼を行ふのである。
毎年、夏の盛りに出現する神を、きみてすり[#「きみてすり」に傍線]と言ふ。此神は、仕官を司る神で、沖縄本島の北方にある辺土(ふいど)に出現する。此神の出現する時は此御嶽に神の笠が降《オ》り、其附近の今帰仁《ナキジン》にも笠が降りる。此笠をらんさん[#「らんさん」に傍線]と言つてゐる。此は、天蓋の如きもので、其を樹てると、神その蔭に現ると信じて居る。此らんさん[#「らんさん」に傍線]の天降(あふり[#「あふり」に傍線]又はあほり[#「あほり」に傍線])の時に言ふ言葉を、おもろ[#「おもろ」に傍線]と言ふ。柳田先生は、あふり[#「あふり」に傍線]とおもろ[#「おもろ」に傍線]と、同一であらうと説明されて居る。此おもろ[#「おもろ」に傍線]が、朝廷に伝はり、地方にも自然的に伝播する。即、地方の神官の家には、代々伝へられて、保存せられてゐた。
此を考へて見ると、太陽信仰の存する処には、笠はつきものなのである。琉球の大切な神を、おちだがなし[#「おちだがなし」に傍線]と言ひ、ちだ[#「ちだ」に傍線]と略称して居る。台湾には、みさちだ[#「みさちだ」に傍線]と言ふ太陽神がある。笠の観念は、月が暈《かさ》を着ると言ふ信仰によるものと、尊い神に直接あたらぬ様にすると言ふ、二つの信仰が、合したものであるらしい。
琉球の女官・后・下々の女官・神職に到るまでの事柄は、女官御双紙に載つて居る。神職の名前の中で、今帰仁《ナキジン》の神職に、あふりあぇ[#「あふりあぇ」に傍線]と称して居る者がある。又一地方に、さすかさのあじ[#「さすかさのあじ」に傍線]と言ふ者がある。あじ[#「あじ」に傍線]は按司(朝臣)であると言ふ。あふり[#「あふり」に傍線]
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