小房主」に傍線]にも、又御柱廻りの遺風を見るのである。盆踊りの輪形《ワナリ》に廻るのは、中央に柱のあつた事を暗示するのは勿論であるが、時代によつては、高燈籠なり切籠燈籠なりを立てた事もあつたらしい。此等の燈籠が我々の軒端に移つたのも其後の事であらう。踊りに被《カツ》ぐ花笠も、依代の本意を忘れて、めい/\に被いだまゝで、自然導かるべき問題は、切明の神事と盆踊りとの関係である。地方々々によつて、盆踊りに立てる髯籠系統の柱・竿は、夏祭りのものと混同せられてゐる。祭りと盆との期日の接近といふ、唯一の理由を以て判断して了へばそれ迄であるが、初めに述べた大祓《オホハラ》へと盆との関係を根柢に持つてかゝらねば、隈ない理会は得られぬであらう。
罪と穢れの祓除が、救懸倒苦《クケンタウク》の盂蘭盆と、密接な関係を持つてゐる事は云ふ迄もない。最忌むべき精霊が、神々の守護警戒のゆるむ時を窺うて、此夜来るのは勿論で、偉大なる力を離れては、まんじりともする事の出来ない無力な人間たちは、精進・潔斎、ひたすら、邪神・悪魔のつけ入ることの出来ない様にして居ねばならぬのだ。庚申待《カウシンマ》ち・甲子待《カフシマ》ちなど
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