衛門などで、こういう芝居では古い菊五郎というよりは、年齢では少し先輩であった片岡仁左衛門の影響を何か受けているのではないかと思う。
結局田之助や菊五郎の影響を受けたことが、源之助を運命的に芸質を退転させた。とまれ源之助は、生世話物の調子のよさでは、近頃第一の人であろう。声はわるいが、うらがれ声で芝居道での所謂《いわゆる》よい調子であった。
二
切られお富の薩※[#「土へん+垂」、第3水準1−15−51]《さった》峠の場の科白《せりふ》に「お家のためなら愛敬捨て、憎まれ口も利かざあなるまい」というのがある。この科白は女形の或特性を表していると思う。
最近私は尾沢良三氏の女形論を読んで、いろいろ得るところが少くなかった。併し私としては、尾沢氏の考えと関係なしに語りたい。女形に美しい女形と美しくない女形とがある。立役・女形を通じて素顔の真に美しい人の出て来たのは、明治以後で、家橘・栄三郎のような美しい役者は今までなかった、と市川新十郎が語っていたくらいである。これは明治代の写真を見ればわかる事で、それには写真技術の拙《つたな》さという事もあろうけれど、一体に素顔のよくない女形が多かった。岩井半四郎などは美しかったというけれども、どの程度だったかについては、多分に疑問が残ると思う。例えば、最近死んだ坂東秀調は美しい女形であったが、その先代の秀調は団菊の相手役をしたくらいの女役だったが、器量は決してよくなく、青い顔をして、真中にくくれがあった。大阪の実川正調も名女形だったが、でぶでぶ肥って融通の利かぬ女形で、いつも三十代の女房、武家女房しか出来ず、東京の秀調よりはまあましであったが、美しくはなかった。今の市川男女蔵の養父で女寅から門之助になった役者、これは出雲から出て上方芝居に入り、更に団十郎によって相当な地位になったが、これもみっともない役者で、どんな芸をしても美しくは見えなかった。こんな連衆が立女形であったので、鴈治郎附きの老女形で居た市川莚女などは顔の造作に異状はないが、まあ綺麗でない。それに体恰好《からだかっこう》も男性的であった。雀右衛門になって死んだもとの芝雀にしても、顔はよくなかったが、役柄に融通が利き、美しく見える瞬間が多かった。これは本来が娘形であったし、常の心がけから、美しく見えることがあったのである。先代の菊次郎も此仲間である。こんな連衆が昔の女形で、その他一般に女だか化け猫だかわからぬ汚い女形が多かった。
この頃は女形が大体美しくなった。併し美しいということは芸の上からは別問題で、昔風に言えば軽蔑《けいべつ》されるべきものなのである。最近故人になった市川松蔦など、生涯娘形で終るかと思われるくらい小柄で美しい女形であった。だが松蔦の美しさは、素人としての美しさに過ぎなかったのである。こうした美しさは、鍛錬された芸によって光る美しさではなく、素の美しさで、役者としては寧《むしろ》、恥じてよい美しさである。
昔の美しさから謂《い》えば、生地の美しさの見すかされるのではいけない。今の仁左衛門なども、あの素顔のよさがいけないのだと思う。地と一処にその上に作りの美しさ、其以上に鍛錬によっての美しさが見えなければいけない。つまり芸が美しくなれば、姿も美しく見えるといったようなものである。今の女形は概して美しいが、美しくない女形も立派に存在し得るものであることは、日本の歌舞妓の為に大きく言われてよいと思う。そういうことによって、見る方の見物も、見られる方の役者も、芸の上での張り合いが出来る訣《わけ》だ。
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写楽の絵に表れた女形の醜さは、絵に描くときに隠し切れぬ、男の「女」としての醜さである。写楽はそういう女形の醜さに非常な興味をもって、ああした絵をいくつも描いたのだと思う。併しあれは決して誇張ではないので、上方芝居の女形、其に上方の芝居絵は、容貌・体格ともに実に写楽を思わせるものを持っている。
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要は、芸によって美しく見えるということが、平凡でも肝腎《かんじん》なことなので、女形がそれ自身純然たる女を思わせるということに対しては、条件をつけて考えねばならぬと思う。歌舞妓芝居に於ては、女形も女らしい女ではいけない。立役にしてからが、自体、世間普通の男とはどこか違った男である。そうした芝居の世界の男に相応した女でなければならず、現実の世界の女であってはならないのである。それだからこそ、松蔦のような女形では、そぐわないことになる訣である。梅幸なども時代が遅れていたからよいけれど、あれがもっと前だったら、素の美しさを感じ、舞台の男に調和する女の美しさが感じられなかったであろう。
東京の女形は、明治以後、早くから女らしい美しい女形になった。亡くなった歌右衛門が、小杉天外の「はつ姿」か
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