、野生を帶びた都會生活、洗練せられざる趣味を持ち續けてゐる大阪とを較べて見れば、非常に口幅つたい感じもしますが、比較的野性の多い大阪人が、都會文藝を作り上げる可能性を多く持つてゐるかも知れません。西鶴や近松の作物に出て來る遊冶郎の上にも、此野性は見られるので、漫然と上方を粹な地だといふ風に考へてゐる文學者たちは、元祿二文人を正しう理會してゐるものとは言はれません。其後段々出て來た兩都の文人を比べても、此差別は著しいのです。此處に目をつけない江戸期文學史などは、幾ら出てもだめなのです。江戸の通に對して、大阪はあまりやぼ[#「やぼ」に傍点]過ぎる樣です。
眞淵の「ますらをぶり」も、力の藝術といふ意味でなく、單に男性的といふ事を對象としてゐるのではなからうか、と思ひます。田舍人ばかりが、力の藝術に與ることが出來て、都會人は出來ない相談だと迄、わたしは悲觀して居ません。曲りくねつた道に苦しみ拔いて、力の藝術に達した都會人も、比較的質に於て倖はれて生れた田舍人と、同じく、「ますらをぶり」の運動に與ることは出來るのです。あなたも、此點は否定せられまいと思ひます。さすれば、都會人が、複雜な、あくどい
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