万葉集の名義について、万詞又は万代の義とする議論は、王朝末の歌学者からくり返されて来た。而も今は、もう空論に達してゐる。疑ひもなく、万代の義である。だが、万代に伝ふべき歌集の義と信じられてゐるのは、尚考へ直さねばならぬ。私は、千載佳句に対して、天子・皇居の万葉を祝する詞章と言ふ用語が、平安朝初期には、あつたのだらうとの仮説を持つ。後に、万春楽と言ふが如きである。此語、踏歌章曲の一部としての、歌詞の名として通用した処から、舞踏歌の総称となつてゐたのであらう。さうして、次第に四季の風物と述懐とを示す歌集を、万葉集と言ふ事になつたものと見る。
初めは専ら謡ひ物として、後には半以上鑑賞用の作物にも、通用する名となつたのではあるまいか。私の推定が幸に正しくば、此集編纂当時は、まだ謡ひ物としての「万葉」の集であつたのであらう。して見れば、万葉集の最新しい時代の意義に叶うた巻は、八・十である。だが、万葉詞曲には、尚古い形が、宮廷及び氏々に残つてゐた。踏歌章曲以前の万葉を、此に加へて編纂しようとした成蹟が、現存の万葉集である。
此意味における万葉の用語例を拡充すれば、宮廷詩と言ふ事になる。宮廷の祭事儀
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