文には二人ともに署名がない。無名の作家の歌として挙げたと見るよりも、編者自身、自作に名を記さなかつたものとすべきであらう。さすれば、やはり、一つの家集で、古来の歌を集めた後に自作を書き添へたのであらう。
但《ただし》、虫麻呂と福麻呂二人共名を記さないのは、どう言ふわけか。或は福麻呂の家集に、とりこまれた虫麻呂の作物の意なのかも知れない。傾向のよく似た作風ではあるが、一つに見て了ふ事も出来ない。尚其他にも、短歌の中には、左註すらないものが多い。此なども、巻九の原本編纂当時に、作者はわかつてゞもゐた様な書き方らしくもある。だが、短歌の方は虫麻呂の歌ではなく、黒人などに近い様だ。
とにかく、万葉集中、一番自由な手記らしい巻である。姓のみ書いたり、名だけ記したりしてゐる。碁檀越と思はれる人を碁師と敬称し、藤原宇合の事をぶつゝけに宇合卿と記したりしてゐる。一処に勤務した官僚たちが、事務的に書きこんだ物かとも考へられる。「或云藤原北卿宅作」など言ふ左註がある処から見ると、宇合の家にあつた集と云ふ事が、万葉集編纂の当時には明らかだつたので、本文は、宇合卿と略記のまゝで、追記には重々しく書いたとも解せ
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